魔法の弾丸

2015060616350720年ほど前の話になるが、深夜に猛烈な歯痛に襲われ救急車を呼ぼうとしたことがあった。救急車なんて大袈裟だと思うかもしれないが、本当にのたうち回るぐらい痛くて悶絶していたのだ。ただ、さすがに歯痛で救急車はないだろうという理性が残っており、なんとか朝まで我慢して歯医者に行った。そこで可愛い歯科衛生士さんから、頭痛薬が歯痛に効くことがあると聞いて驚いた。口の中の痛みなのに、なんで頭痛薬が関係あるのかと。

毒と薬の科学』が面白かった。

本書は船山信次教授による毒と薬の解説本。船山教授の性格なのだろう、書き方がとても丁寧で、毒の歴史から始まり、毒の分類、毒と薬の関係、動物への作用、解毒のメカニズムなど、途轍もなく厳密に教えてくれる。毒と薬は表裏一体で、同じ物質でも量によって毒にもなるし薬にもなる。人から見て好ましい作用をする場合は薬、好ましくない作用をする場合は毒と呼んでいるだけだ。

「魔法の弾丸」が印象に残った。

魔法の弾丸とは、ガン細胞や細菌には強い毒性を持っているのに、人の身体には悪さをしない魔法のような化合物のことを指す。例えば人類初の抗生物質であるペニシリンペニシリンは医薬品の歴史を一変させた薬で、第二次世界大戦で多くの負傷兵を感染症から救った。ペニシリンの化学構造は細菌の元となる微生物の化学構造に類似しており、ペニシリンはその化学構造に入り込んで、微生物の細胞形成を邪魔するのだ。

頭痛薬が歯痛に効く不思議。

『毒と薬の科学』を読んだあとなら分かる気がする。歯痛のメカニズムが直接書かれているわけではないが、薬が身体に効く仕組みが理解できるのだ。20年前にこの本を読んでいれば、あの可愛い歯科衛生士との会話ももっと盛り上がったかもしれない。毒と薬の話が、魔法の弾丸になればよかったのに。

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