猿がタイプライターで『風の歌を聴け』を書くことはあるのか

セス・ロイドの『宇宙をプログラムする宇宙』が面白かった。

セス・ロイドは、宇宙がこのような姿をしているのは宇宙自身が計算する能力を持っているからだと主張する。この世界に存在する物質の最小単位は電子や素粒子で、これらは量子と呼ばれている。量子の世界は私たちの常識を超えていて、たとえば原子核の周りを浮遊する電子は、一つなのに複数の場所に存在するという不思議な性質を持っている。

この不思議な現象を利用したのが量子コンピュータだ。通常のコンピュータは0か1という1ビットを最小単位として計算するが、量子コンピュータは0と1が同時に存在する1キュビットが最小単位になり、通常のコンピュータでは実現できなかった並列の処理が可能になる。量子コンピュータの能力は既存のコンピュータの数億倍になるそうだ。

『宇宙をプログラムする宇宙』を読み進めるとタイプライター猿が登場する。

猿がタイプライターを打ち続けて、意味のある文章を書くことはあるのだろうか。答えは計算すると分かる。タイプライターに50個のキーがあるとして、最初にkを叩く確率は50分の1。続けてaを叩く確率は50分の1の50分の1で、2500分の1。これを続けて「完璧な文章など」とローマ字で打つ確率は、10の38乗分の1という途方もない数字になる。

タイプライター猿が『風の歌を聴け』を書くことはありえない。冒頭の一文さえ書くことができない。だが、猿がコンピュータのキーボードを叩くとなると話が変わる。プログラムの場合はランダムなビットが命令として解釈されることがある。パターンのない列を命令として解釈し、パターンを組み立てることがあるのだ。

宇宙は単純な初期状態から出発し、量子が情報を処理して世界を増幅させてきた。宇宙は宇宙自身で計算し、その結果このような多様な世界が生まれたとセス・ロイドは言う。ランダムな選択から秩序が生まれることはない。タイプライターではなくコンピュータだからこそ秩序が生まれ、村上春樹が登場し、『風の歌を聴け』が生まれたわけだ。


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