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体験をデザインする

Essay

いつからか、コンビニのレジでポイントカードの有無を聞かれるようになった。セブンイレブンは独自のカードを使っているが、ローソンはPontaカード、ファミリーマートはTカード、サークルKサンクスはRポイントカードを採用し、いずれも異業種の共通ポイントカードで客を囲い込もうとしている。

だが、財布からカードを出す行為は非常に面倒だ。お金を出すついでにカードも出せばいいのだが、それでも億劫だ。財布のスリットからカードが見えているのに店員には「ない」と嘘をつき、店員もサービス開始当初は頑張ってカードの提示をうながすが、だんだん面倒になって聞いてこなくなる。

ポイントが貯まるのになぜカードを出さないのだろう。たしかに私は面倒くさがりだが、理由はそれだけではないように思う。

レジでポイントカードをスキャンして、サーバーに通信してポイントを加算する。この仕組みを構築するには様々な技術が必要だが、ここまではユーザーインターフェイスであってユーザーエクスペリエンス=体験ではない。貯まったポイントを使う段階で初めて「得をした」という体験が生まれるが、そこまでたどり着く前に工夫が必要だ。

プロダクトデザイナーのティム・ブラウンは体験をデザインしろと言う。たとえば自転車なら、外観や機能をどうするか考えるだけでなく、どうすれば楽しく自転車に乗れるのかを考える。そのためには深い洞察と観察が必要で、ユーザーに共感して行動しなければならない。普通の行動を観察し、日常の中にヒントを見つけなければならない。

認知工学者のドナルド・ノーマンは対応づけをしろと言う。たとえば部屋の電灯のスイッチ。一般的なスイッチは縦と横に4つ並んでいるが、実際の電灯の配置と一致していないことが多いため、どこを押せばいいのか分からない。ラベルをつければ解決するかもしれないが、直感的ではない。

では、ポイントカードの体験をどのように対応づけすればよいか。

たとえば、レジでカードをスキャンしたときに「チャリーン」と音を鳴らしてはどうだろう。買い物をする度に「チャリーン」と鳴れば、客は得をした気分になるし、カードを出す行為が楽しくなるかもしれない。

また、カードという既成概念を捨てて生体認証を利用してもよい。指の指紋は衛生面が気になるので、顔認証がいいだろう。マイナンバー制度の開始に伴って地方公共団体も顔認証システムを導入するようなので、実用の段階まで来ているはずだ。プライバシーやセキュリティの課題はあるが、さらに会計まで済ませることができれば素晴らしい体験になる。

そしてここからが重要なのだが、ユーザーの体験をデザインするのはデザイナーだけの仕事ではない。電話の応対や書類の作成、営業の活動や製品の生産など、ビジネスにおける様々なシーンで体験をデザインすることができる。

たとえば電話で質問を受けたら、質問に回答するだけではなく、相手の状況を想像しながら提案もする。たとえば書類を作成するなら、単純に事実を並べるだけではなく、見る側に気づきを与えるようにデザインする。

どんな仕事でも相手の体験をデザインすることができる。そう考えると今の仕事が楽しくなるはずだ。


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