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クロノスタシス

Essay

先週の土曜、息子とサッカーをしている時に右足の甲を痛めた。息子のセンタリングに対して年甲斐もなく全力でシュートしたのだが、残念ながら足首がボールの勢いに勝てなかったようだ。翌日になっても痛みが引かなかったので病院で診てもらったところ、骨には異常はないとのことで塗り薬と飲み薬をもらった。

月曜の朝、足の痛みはあったが会社に行くため家を出た。普通に歩くことができないので、片足を引きずりながら駅に向かう。周りの人たちは足早に改札へ向かい、私をどんど追い抜いていく。痛みを我慢してようやく改札にたどり着き、TOICAをかざしてふと顔を上げた瞬間、周りの動きが止まった。

貧血とか立ちくらみとか、そういった類いの状態ではない。自分だけ意識が残り、世界から切り離されたような感覚だ。映画のワンシーンのように景色が灰色になり、周りの人たちの動きが止まった。この時間が止まる現象は、今までにも何回か体験したことがある。クロノスタシスだ。

クロノスタシスとは、脳が視覚情報を補正する際に発生するタイムラグのようなもので、時計の秒針が一瞬止まって見えるあの現象のことだ。人の眼球は小刻みに振動している。そのまま映像にするとピクセルアートのようになるため、脳が余分な情報を削って滑らかにしている。

脳が情報を削るタイミングと、秒針を見るタイミングが重なると、脳の補正が終わるまで秒針が止まっているように見える。普段も脳は同じ処理をしているが、気づくことはあまりない。秒針を見る時だけはっきり分かるのは、1秒という時間の感覚が比較の基準になるからだ。

アインシュタインが発見したように、時間は相対的なものだ。人工衛星のように高速で動く場所では時間が遅れ、地球との時差が生まれる。スマートフォンなどのGPSはその時差を補正することで機能している。また、同じ地球、同じ速度の世界にいても、脳の処理によって時間は伸縮する。

緊張性昏迷という統合失調症の患者は、極度の緊張で周囲の刺激に反応できなくなる。周りで起きていることは理解していても身体をすぐに動かすことができず、自分の鼻を触るのに1時間以上かかったりする。逆に、高速で動く物体が止まっているように見える症状もある。時間の進み方は人それぞれなのだ。

駅の改札でクロノスタシスを感じたのは一瞬だった。景色はすぐ元に戻り、時間がまた進み始めた。相変わらず足は引きずっていて、周りの人たちにどんどん抜かされる。ただ、なんとなく世界が変わった気がした。時間の進み方が少しゆっくりになったようだ。

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