家を建てる時に読むべき本『書庫を建てる』
家を建てるのは一生に一度あるかないかのイベントだ。外観、日照、内装、間取り、環境、価格、様々な条件に折り合いをつけながら、最後にこれだと決める。私が購入したのは建売りだったが、それでも要望は沢山あった。
東京大学の松原隆一郎教授は、1万冊の蔵書と仏壇を収めるために書庫を建てようとした。東京・阿佐ヶ谷に9坪弱の土地を購入し、知人の建築家・堀部安嗣教授に設計を依頼する。
堀部教授がデザインしたのは、四角いコンクリートの箱に三つの円柱をくり抜いた建物。半地下を含む三階建てで、一番大きな円柱に書棚を、二つの円柱に居住空間を配置し、書棚の円柱に沿って螺旋階段を組み付ける。
外が四角形、中が円のため、コンクリートの型枠に高い精度が要求された。寸分違わず型枠を配置しても、生コンを流す時の振動で完全な真円にはならない。円柱は微妙にずれていたが、職人が階段と書棚の微調整を繰り返し、限りなく真円に近づけた。
堀部教授は嘆く。
工業化された現代の建築の施行はなるべくこのような面倒のかかる仕事を省くように考えられています。簡単に言うと工場で作られたものを現場に運び、容易に取り付けられるように工夫がされています。現場で何かを調整するために時間や手間をかける必要がないので、最近の建売り住宅の現場には鉋がありませんし、鉋を掛けられる職人もいません。よく言えば誰もが合理的に、安定して安価な住宅がつくれますが、悪く言えば、職人の技量や良心が問われることもなく、人の顔や手の痕跡も見えることなく、味気なくつくられてゆくことが多くなります。
『書庫を建てる』は、まるで本の体裁をした建築物のようだ。動機から始まり、設計、見積もり、建設、入居、生活まで、施主と建築家の往復書簡のような文章が、丁寧に仕上げられた建物を連想させる。趣きのある写真もまた、本書に凛とした印象を添えている。
家を建てる人は是非読んで欲しい。私も先に読んでいたら、違ったこだわりを持ったかもしれない。家をリノベートしたい人、書庫に関心がある人、建築に興味がある人にとっても価値がある一冊だ。人が生活する上で、建物には何が必要で、何が求められるのか感じることができる。
堀部教授は言う。
建築空間というのは人の身体とその営みを包み込むものです。つまりその空間の質が決定的な影響を人に与えてしまいます。わかりやすく言うと、雑につくられた空間からは雑な人がつくられ、手仕事の確かさと愛情を込めてつくられた空間からは感性が豊かで慎み深い人がつくられるといっても大袈裟ではないように思います。
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