科学エッセイの傑作『ご冗談でしょう、ファインマンさん』

20141015204653こんなに面白い人が科学界にいたとは。

リチャード・P・ファインマンは1965年にノーベル賞を受賞した理論物理学者。素粒子の反応をダイアグラムで図式化したり、素粒子の動きを経路積分で計算して、量子電磁力学の分野で大きな功績を残した。そんなファインマンのエッセイ『ご冗談でしょう、ファインマンさん』がすこぶる面白い。

本書ではファインマンの奇想天外な逸話が、皮肉とユーモアを込めた軽快な口調で語られている。特に読み応えがあるのは上巻の「下から見たロスアラモス」と、下巻の「ディラック方程式を解いていただきたいのですが」。

「下から見たロスアラモス」では、原爆開発の現場が赤裸々に語られる。アインシュタインノイマン、ワトソン、クリック、オッペンハイマー、ボーアなど、高名な科学者に対しても歯に衣を着せない口調が気持ちいい。大教授に対して若いファインマンが「気でもふれたか」と返す場面は、思わず声を出して笑ってしまう。

ディラック方程式を解いていただきたいのですが」では、日本を訪れたエピソードが綴られている。温泉の作法を湯川教授に教えてもらったり、女中に芸者の色気を期待したり、役に立たない大教授に毒づいたりと、どこの国にいてもキレがいい。日本のおもてなし文化は深く気に入ったようだが、日本語の奥ゆかしさは理解できなかったようだ。

金庫破りをしたりドアを盗んだりとイタズラが大好きなファインマンだが、単に面白いだけではない。奥さんを結核で亡くした時のエピソードは涙を誘うし、最終章に登場する工科大学卒業生に向けた式辞では、科学者として、また一人の人間として啓蒙に満ちた至言を残している。

諸君に第一に気をつけてほしいのは、決して自分で自分を欺かぬということです。己れというものは一番だましやすいものですから、くれぐれも気をつけて下さい。自分さえだまさなければ、他の科学者をだまさずにいることは割にやさしいことです。その後はただ普通に正直にしていればいいのです。

全編を通して伝わってくるのは、ファインマンの明るい性格と科学に対する誠実さ。数学や物理の小話と一緒に、笑いも涙も誘うのだから、本書は傑作としか言いようがない。

ご冗談でしょう、ファインマンさん 上巻 / 下巻(Amazon)


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