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知るために書くということ

Essay


20120323232418


どうしてブログを書くの?と聞かれたら「知るためだ」と答える。読者に誤った情報を伝えてはいけないので、一つの記事を書くのに膨大な資料に目を通す。そして書き終えてグラスにワインを注ぎ、タバコに火をつけてこう思う、

今日も沢山の未知に出会えた。


というのは嘘だが、例えば「Book of Life」という記事。チェルノブイリの原発事故についてWikipediaで調べ、放射能が人体に与える影響を関連ビデオで学び、Chabad's Children of ChernobylについてGoogleで検索した。

書く事は未知との遭遇だ。


だが、せっかく調べて書いても、内容を間違える事がある。Twitterなら優しく教えてくれるが、はてなブックマークは匿名のため、罵詈雑言を浴びせられる。だが、その辛辣な言葉が意外に的を得ていたりする。例えばこのように。

的は射るだろチンカス野郎。


数年前に「ググるな危険」という記事が注目を集めた。プログラマーがGoogleでコードを検索する危険性について説いた記事だ。新人はよくツギハギだらけのコードを書くらしい。私の文章もツギハギだらけだ。だが、実は世の中に

誰も知らない事なんて存在しない。


フランスの哲学者ジュリア・クリステヴァは言う。どのようなテクストもさまざまな引用のモザイクとして形成され、テクストはすべて、もうひとつの別なテクストの、

吸収と変形にほかならない。


世の中のすべては、知るためにあるのではないかと思う事がある。そう思うと、何気ない日常が少し明るくなり、背中に羽が生え、
飛び立てるような気がしてくる。


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