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プルースト効果

Essay

仕事を終えて外に出ると雨が降っていた。ここのところ毎日のように雨が降る。気温はそれほどでもないが、湿度が高いのでジメジメして、シャツとズボンが肌にまとわりつく。まるで梅雨の季節に巻き戻されたようだ。

駅に着く前に雨が止んだ。街灯に照らされたアスファルトが湿って黒く光っている。階段を上がり改札を抜け電車に乗り込んだ。座席は空いていない。つり革に手を通し、一日の疲れを癒すように体重をかけた。

その瞬間、とても懐かしいにおいがして昔の記憶がよみがえった。小学生の頃によく通ったゲームセンターの記憶だ。

小学校の近くの城下町に、小さなゲームセンターがあった。ドンキーコングやマリオブラザーズのゲーム台が並び、安っぽいのに美味しいカップ焼きそばや、クジ付きの駄菓子が買えるゲームセンター。ゲームも焼きそばも50円ぐらいだったので、毎日のように小銭を握りしめて通った。

おそらく電車の中の湿ったにおいが、そのゲームセンターのにおいと同じ種類だったのだろう。においは何かを思い出すきっかけになる。それも最近の記憶ではなく、小さい頃や親元で暮らしていた頃の遠い記憶だ。

これをプルースト効果と言うらしい。

プルーストの代表作『失われた時を求めて』の中で、主人公が紅茶にマドレーヌを浸し、その香りで幼少時代の記憶を思い出す場面がある。そこから何かのにおいで昔を思い出すことを、プルースト効果と呼ぶようになったそうだ。

人間の五感のうち、視覚・聴覚・触覚・味覚は、視床下部を通って大脳皮質の感覚領域に情報が送られ、その後に大脳辺縁系に到達する。だが、嗅覚だけは嗅神経を通って直接大脳辺縁系に情報が送られる。大脳辺縁系は情動や記憶に関わる場所。だからにおいは記憶と結びつきやすいそうだ。

プルースト効果は忘れたころに突然やってくる。日常の生活を忘れ、非日常の世界に迷い込むようなあの感覚。郷愁を誘い、古き良き時代を思い出すようなあの感覚。今度においで記憶がよみがえるのはいつだろう。あのなんともいえない感覚が好きなのだ。