1億5千万のRetweetが世界を救う 〜 映画「サマーウォーズ」
心に響くアニメと久しぶりに出会った。
各所で絶賛されている細田守監督のアニメ映画「サマーウォーズ」。観ようと思ったきっかけは、毎日のように遊んでいるiPhoneアプリ「ポケットべガス」が、サマーウォーズの影響を受けているという話を聞いたからだ。(サマーウォーズ: 仮想空間オズの世界はすぐそこ。カジノステージへようこそなポケットベガスの話。 | AppBank)
映画の終盤、主人公の1人である夏季とラブマシーンという名の敵が、花札で対決する場面がある。空間に浮かぶカードが効果音とともにテンポよく動く様は、まさにポケットべガスそのものだった。
ここで少々閑話を。私のアニメに対するストライクゾーンはかなり狭い。繰り返し観ているアニメは攻殻機動隊とカウボーイビバップ、エヴァンゲリオンぐらいだ。嗜好にあった作品を追い求め、多くのアニメを観てきたが、それらを凌駕するアニメにはなかなか出会わない。
ここ数年では、新海誠監督の「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」が印象に残っている。新海誠監督の作品は、とてもせつなくハッピーエンドではないのに、なぜか観終わると高揚する。
そして、そのような限定的な好みを持った私にもグッときたのがサマーウォーズだ。なぜサマーウォーズが良かったのか?
高度なネット社会における人間関係
数億のユーザーが存在する仮想空間=OZで、敵であるラブマシーンが次々とユーザーのアカウントを乗っ取る場面がある。OZでは現実世界とリンクして、住民票などの登録や変更も可能だ。そのため、現実世界の消防や救急などの緊急コールが混乱に陥り、水道などのライフラインが破綻した。
その混乱を鎮めるべく、夏季の従兄弟が操るアバター=キングカズマが、ネット上でラブマシーンと闘う。そして敗れる。対照的に、夏季の祖母である栄が取った行動は、昔からの知り合いに手当たり次第電話して、叱咤激励するというアナログな闘いだ。使う電話機は黒電話。戦国時代から続く陣内家の当主である栄は顔が広く、電話した相手には警視総監なども含まれていた。栄のおかげで死者は出ず、辛くも難を逃れた。
核家族化が進んだ現代とは対照的に、舞台となる栄の家は典型的な大家族だ。陣内家の当主である栄を中心として、子供、孫などが同じ地域に住み、何かがあるとすぐに集まる風景は、私の遠い記憶を甦らせた。
私は1970年代生まれで、今は亡き祖父母も例外なく子供の数が多かったため、お盆や正月になると総勢40人ほどが集まっていた。
その祖父母の子供、つまり私の親の時代から徐々に子供の数が少なくなった。子供の数が少なくなると孫の数も少なくなる。お盆や正月に集まっても、祖父母、親夫婦2組、孫4人と、せいぜい10人ぐらいの小規模なものだ。おそらく大家族の風景が分かる世代は、1990年代生まれが最後ではないか。
それは夏季が生まれた年代でもある。
サマーウォーズで描かれる大家族の様子と、緊急時に栄が取った黒電話での呼びかけは、作者が現代に疑問を投げかけたシーンだった。この先、日本が大家族に戻る可能性は低いかもしれないが、日本規模の大災害が起きたり、他国に侵攻されるなど、危機的な状況が発生すれば何かが変わるかもしれない。
iPhone登場
登場人物が仮想空間OZにログインするのに使うツールは折り畳み式の携帯電話だが、物語の中で唯一、iPhoneを使う人物がいる。ラブマシーンをプログラムし、アメリカから帰国した夏季の従兄弟=侘助だ。
ストーリーの終盤、iPhoneが拡大されて映し出される場面があるが、DVDを一時停止して目を凝らして見たところ、画面の上部にはSoftBank 3Gと表示されていた。
この映画の設定は2008年の夏だ。物語の中で2008年だと言及される事はないが、夏季が1990年生まれで現在18歳という設定から推測できる。そしてiPhoneが日本で発売されたのは2008年7月。つまり、2008年の夏であれば、日本人の大半は折り畳み式の携帯電話を使用しており、アメリカ帰りの侘助だけがiPhoneを使っているという設定は筋が通っている事になる。
この映画は2009年8月に公開されたが、もし製作が数年後だったら、登場人物がOZにログインするのに使うツールは、確実にiPhoneだっただろう。アバターを駆使するハイクオリティな仮想世界に対し、折り畳み式の携帯電話はレガシーな感じがした。
日常生活の中で片時も手から離さないiPhoneが映画で出てくると嬉しい。サンドラ・ブロック主演の映画「ザ・インターネット」を思い出した。Macのようなユーザーインターフェースを持った端末が登場する、インターネットを絡めたミステリーアクション映画だ。私はあの映画を観てMacが欲しくなり、インターネットを始めた。
1億5千万のRetweetが世界を救う
冒頭でもふれたが、ストーリーの終盤、仮想空間の中で夏季がラブマシーンと花札で対決する場面がある。賭けるのは金銭ではなく、OZのアカウントだ。自分だけではなく家族や知人のアカウントを賭ける。
最初は勝ち続けたが徐々に劣勢となり手持ちのアカウントが74となる。勝負するためには最低でも100のアカウントが必要だ。74という数字が心臓の鼓動と同期して点滅する。これ以上勝負できない。諦めて今にも崩れようとする瞬間、1人の見知らぬOZユーザーが名乗り出る。
「私のアカウントを預けます」
その最初の賛同が瞬く間に世界中のOZユーザーへ広がる。
1億5千万のRetweetが集まった瞬間だ。
物語の設定は2008年。現実世界に照らし合わせるとTwitterはそれほど普及していない。監督や作者がTwitterを意識していたかは不明だが、ある個人の意思に賛同し、他人が共感を唱える姿はTwitterのRetweetそのものだ。
例えば3月4日に発生したチリの大地震。DFF Inc.という会社が呼びかけた1Retweetにつき1円の募金は、既に16万円ほど集まっているという。先のハイチの地震では約24万円の募金が集まったそうだ。他国の災害支援に日本の団体がTwitterで募金を呼びかけ、これだけのRetweetが集まる。(sumabo クリックで救える命がある。 | dff.jp)
サマーウォーズでは夏季に1億5千万のRetweetが集まった。現実でも世界規模の有事が発生し、Retweetによって自分や家族が救われるのであれば、誰もが迷わずRetweetするだろう。Twitterユーザーが増加し、危機的な状況になれば、現実の世界でも1億のRetweetが集まる事があるかもしれない。
映画サマーウォーズ。アニメに少しでも興味のあるTwitterユーザーなら共感できるはずだ。TwitterやiPhone、Ustreamなどが普及する高度なネット社会の中でも、その先にいるのは生身の人間なのだと再認識させてくれる映画だった。