重力・素粒子・遺伝子が分かる10冊 ー 小説『グラビトン』の参考文献

昨年12月に小説『グラビトン』を出版した。伝えたかったのは科学の面白さと人間の可能性だった。読んだ方から「読み応えがあって面白かった」という嬉しいコメントを戴くこともあったが、なかには「よく分からなかった」という声もあった。

私の技量に問題があったのだと思う。会話がない小説だったので、登場人物に感情移入できなかったのかもしれない。科学の話が専門的な情報の羅列となり、理解しにくかったのかもしれない。

アインシュタインは言う。

もしあなたがそれを簡単に説明できないなら、あなたはそれを十分に理解していないのだ。

ファインマンも言う。

高校生レベルの知識層に説明して伝えることができなければ、その人は科学を理解しているとは言えない。

グラビトン』を書いて思ったのは、借り物の知識は読み手に伝わらないということだ。知識は一度自分の中で消化してから吐き出さないと自然な文章にならない。感情を表現するときも類語辞典から言葉を引用すると文章に溶け込まないことがあるが、それと同じだ。

それでもなんとかして科学の面白さを伝えたかった。絶妙な引力バランスで距離を保つ太陽系の惑星。広大な宇宙空間に浮かぶ青い地球。そんな地球で生物の情報を脈々と受け継ぐ遺伝子。驚くほど似ている脳のニューロンと銀河の構造。そんな生命と宇宙の神秘を、読者に伝えたかった。

グラビトン』を書くために何冊か本を読んだ。今回はその中から特に面白かった10冊を紹介したい。



重力とは何か

重力が自然界に及ぼす影響と、重力理論の発展の歴史が丁寧に解説されている。ニュートン力学から始まり、アインシュタイン理論、量子力学超弦理論まで、文字を目で追うだけでなく、理解しながら読めるところが凄い。本書を読み終えると、何気ない自然現象が気になり始めるはずだ。

 

地球外生命

エウロパガリレオが発見した木星の衛星。表面は3km以上の氷に覆われているが、その内部は液体の海になっており、熱水噴出口が存在すると考えられている。地球でもバクテリアは過酷な環境で繁殖しているため、エウロパにも微生物が存在するのではないかと期待されている。本書は宇宙に生命体が存在する可能性を科学的に検証する。知性を持った生命体は、人間だけではないはずだ。

 

極大と極小への冒険

数、大きさ、光、音、熱、時間。それらのスケール感覚を示した本。『グラビトン』に登場する宇宙と素粒子ブラックホールは、本書をヒントにしたアイデアだ。他にも宇宙では音が聞こえないという事実や、冷凍保存した後に蘇るアカガエルなど、発想の元になったエピソードが多数登場する。著者の語り口もエッジが効いていて、思わず引き込まれる一冊だ。

 

ニュートリノの夢

1987年2月23日16時35分35秒。岐阜県神岡鉱山にあるカミオカンデは、地球から16万光年離れた大マゼラン雲の超新星爆発を観測した。地下のタンクに純水を満たし、内壁を光電子倍増管で覆ってニュートリノを捉えた。人類が望遠鏡以外で天体を観測した初の瞬間だった。本書はこのニュートリノ観測でノーベル賞を受賞した小柴教授の本。夢を実現するまでの過程を読むとパスツールの名言を思い出す「幸運の女神は、常に準備している人にのみ微笑む」。

 

ヒッグス粒子素粒子の世界

素粒子の理論を写真と図で易しく解説してくれる。スイスとフランスの国境近くにある全長27kmの大型ハドロン衝突型加速器岐阜県神岡市にある5万トンの純水を満たしたスーパーカミオカンデ素粒子研究の目的と、宇宙創生との関係。言葉だけではイメージできない研究設備や素粒子理論が、写真と図解ですっと頭に入ってくる。素粒子物理学の入門書として最適だ。

 

ミリタリーテクノロジーの物理学

原子爆弾はウランの原子核中性子をぶつけることで開発された。中性子電荷を帯びていないので、原子の中心にある電解の抵抗を受けない。抵抗のない中性子を小さな魚雷のように原子核に向けて打ち込むと、核分裂とよばれる破壊的な過程が誘発され、莫大なエネルギーを生み出す。史上最も美しい方程式であるアインシュタインの「E=mc2」。この右辺を実践したのが原子爆弾だ。本書は原子爆弾に関わる理論を、戦争の歴史と共に分かりやすく説明してくれる。

 

重力はなぜ生まれたのか

グラビトン』に登場する重力波検知器スーパーカグラは、本書に登場するLISAをモデルにしている。LISAは2025年に打ち上げが予定されている衛星型検知器で、地球の大気や振動の影響を受けないため、重力波を精密に検知できる。電磁波が素粒子フォトンを媒介にして伝わるように、重力波素粒子グラビトンを媒介にして伝わると予測されている。本書は重力の語源や万有引力の理解にも役立った。

 

重力の再発見

グラビトン』の冒頭で軌道から外れるカプセルは、本書に登場する「パイオニア異常」をモデルにしている。パイオニアは1972年から73年にかけて米国から発射された探査機で、万有引力一般相対性理論では予測できなかった加速異常を起こした。時速4万キロのスピードで太陽系を脱出し、今でも地球から遠ざかっている。本書は重力理論の歴史を学びつつ、著者の新理論にも触れることができる一冊だ。

 

創造する破壊者

進化は自然選択や突然変異だけではなく、異種交配やウイルスなどの様々な因子が絡み合って起こる。ウイルスは太古の昔から宿主と共生し、遺伝子レベルで影響を与えあってきた。天然痘ウイルスやハンタウイルスなどの人間を破壊するウイルスも、長い進化の歴史で見ると何かの役割を担っている可能性がある。本書を読むとウイルスや細菌を身近に感じるはずだ。

 

ヒトゲノムのすべて

地球に存在するすべての動植物は、たった4文字の記号・AGCTでコーディングされている。細胞の中の染色体を拡大すると、らせん状に回転した2本の鎖が見える。鎖には30億のAGCTが並び、その記号の順番が個人の特徴を決めている。137億年前に宇宙が誕生し、46億年前に地球が産まれ、38億年前に原始の生命が誕生した。絶滅と変異と遺伝を繰り返し、延々とコーディングされた結果、私たちはここにいる。そんな奇跡の仕組みを学ぶ絶好の一冊。



ここに上げた本は、難解な専門書用語を使わず平易な言葉で科学を解説してくれる。重力・素粒子・遺伝子の理論を、物語を読むように学べるはずだ。

今、二作目の小説を書いている。私小説に近い内容で、『グラビトン』と比べると登場人物が増えて会話も多い。本を読み、色々と調べながら物語を創るのは楽しい。