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ブロガーとしての通過点

Essay



Self Portrait


最近、記事がアップされる度に必ず読むようになったブログがある。@RyuNagayamaさんの、KLOCKWORK APPLEだ。Ryuさんは歳が同じぐらいで感性が似ているので、記事のテーマに興味を惹かれる事が多い。人生経験が豊富だからだろう、文章もスマートで大人の風格がある。

そんなRyuさんが『RyoAnnaの呪い。』というタイトルの記事を書いてくれた。私を北方謙三や落合博満に喩えている箇所で少々吹いたが、普段記事を書く上で意識している事を的確に言い当ててくれた。また、Ryuさんはブロガーとしてのスランプを回想し、こう語る。

あらゆる文章において大切な書き出しや締め方、構成、引用の使い方など、読みやすい文章を書くための技法や情熱を、無意識にRyoさんを模倣したことである程度身につけて、そこから解放された後だからこそ、構成を無視した垂れ流しの文章にも一貫性が保て、破綻せずにすんだ、と自分では思っている。

私もブログを始めた頃、同じような経験をした事がある。普通のサラリーマンの呪いにかかったのだ。@hiro45jpの書く記事は知的で興奮した。アイデアが独創的で、文章が優しくて安定していた。自分が記事を書く時にいつも読者として想定していたのはhiroさんだった。

だが、いつの頃からか、読者として想定するのがhiroさんではなく、不特定多数の人になった。もちろん今も変わらず尊敬しているが、私はhiroさんを通過する事ができたのだと思う。超えたと意味ではなく、濾過したという意味だ。

ブログを始める時、尊敬できる人がいると幸せだ。ブロガーは尊敬する人を模倣して盗んで通り過ぎた時、初めて個を得て前進できる。そういう意味でRyuさんの記事はとても嬉しかったし、これからも全力で書こうと思う事ができた。


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