飛行の謎を解き明かす『ハチは宇宙船の中でどう飛んだか』

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photo credit: GATAG


1982年といえば、メキシコの大噴火で地球の平均気温が0.3度低下し、フォークランドでアルゼンチンとイギリスの紛争が勃発し、ソニーが世界で初めてCDプレーヤーを発売した年だが、スペースシャトルが初めて人を乗せて宇宙空間に到達した年でもある。

そのスペースシャトルには、ハチと蛾が入ったボックスが持ち込まれた。無重力の環境で、昆虫がどのように飛ぶのか確認するためだ。スペースシャトルの出発前、飛行力学を専門とする東教授は、宇宙でのハチの動きについて質問を受けた。

ハチの飛行速度によって若干違ってくるが、例えば毎秒1メートルの速さで飛行すれば、半径10センチメートルのループを描くだろう。もちろんそれより速く飛べば半径は大きくなるし、それより遅ければ半径は小さくなるだろう。
ただし、ハチ自身がループばかり描いて飛ぶことに奇異を感じるかもしれない。それはハチの加速度センサーが、遠心力を重力と思って気づかないことはあっても、角速度センサーや、視覚からくる角度センサーは、姿勢の異常を脳に報告し続けるからである。
そこで姿勢や飛行経路の異常を重視する固体は、それを修正するために、羽ばたき方を変えて、揚力を零にして、推進力のみを作るようにするに違いない。早くその方法を学習した固体は、当然直線飛行をするだろう。


実験の映像はこちら。13分10秒あたりからハチが登場する。


ちなみに、このYouTube動画を探すのは苦労した。「ハチ」と「宇宙」で検索すると「徹子は黒い魔女」という動画が出てきたりして、なかなかヒットしなかったのだが、最後には「space 1982」というキーワードで引き当てた。とにかく映像が欲しかったのだ。ブログのメリットは、本では表現できない映像とテキストの融合にある。

閑話休題

動画を見ると分かるが、無重力状態のハチはウヨウヨしているだけで、素人にはどのように飛んでいるのか見分けがつかない。だが、東教授は興奮する。

よく見ると籠の中にあこちで、円を描いているハチがいるではないか。私は興奮して叫んだ。「これこれ、これがループだ」と。その直径も、ほぼ私がいった通りだった。そして画面を見続ける中に、ツゥーと真っ直ぐ飛ぶのも現れた。「ああ、ハチにも頭のいい奴と悪い奴がいるのだな」といってから、さらに驚いた。何と螺旋運動をしながら真直ぐ飛んでいくのがいたのである。つまり、同一平面内の円の経路をたどるのではなく、螺旋階段を上るように、ループの回転面を立体的にして、円柱の周縁を回っていたのである。これだと加速度を1Gに保ったままで、視覚情報を満たすのであろう目的地に向かえる。これはまったく私の予想外の経路であった。「参った」という以外ない。


鳥や飛行機は、進行方向の逆向きに働く抗力により、垂直上向きの揚力を作り出して空を飛ぶ。ハエなどの昆虫は、振動を伴う羽ばたきで揚力を作って飛ぶ。東教授による『ハチは宇宙船の中でどう飛んだか』は、そのような飛行の基礎から始まり、イカの飛び方(イカも飛ぶ!)、ゴルフボールの凹みの作用、気球が浮く仕組み、ブーメランが戻ってくる理屈など、ハチに限らず様々な飛行事象を説明してくれる。

本の中で一点だけ異議を唱えると、東教授は日本で航空産業が発達しない理由を、欧米のように個性を伸ばす教育環境がないからだと主張しているが、私は憲法第9条の戦争放棄が理由だと思う。人工衛星や飛行機の開発は軍事利用が目的だ。宮崎駿が『風立ちぬ』で描いたように、堀越二郎の時代、すなわち第二次世界大戦までは、日本も欧米と並んで熱心に飛行機を研究していたのだ。

ただし、『ハチは宇宙船の中でどう飛んだか』の主題は航空産業にあるのではない。飛行機、鳥、昆虫、イカ(しつこいがイカも飛ぶ!)など、あらゆる飛行の仕組みを科学的に解説してくれる。副題は『飛行と生き物の力学』となっているが、そちらのほうが本題にふさわしい。驚きと発見に満ちた一冊だった。

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