タイプライターの思想


タイプライターの歴史が面白い。

パソコンのキーボードにはShiftキーとCaps Lockキーがある。それらはタイプライターの時代に考案された。タイプライターのキーはアームと連動している。アームの先端にある活字が用紙に打ちつけられ、文字が印字される。初期のキーボードには、アルファベットの大文字と小文字、すべてのキーが配置されいたそうだ。

それはナンセンスだろうという事で発明されたのがシフトキーだ。アームの先端に大文字と小文字、両方の活字をつけた。シフトキーを押すと活字が移動する仕組みだ。文字通りシフトした。これによりキーの数が半分になり、製造コストが下がった。ユーザーの利便性は上がり、タイプライターの普及が加速した。1910年頃の話だ。

タイプライターのキーは重いそうだ。小指でシフトキーを押しながら、他のキーを押すのには力が必要だった。そこで、大文字・小文字を固定するCaps Lockキーが発明された。



さらに、興味深いのはQWERTY配列だ。

現在のキーボードで採用されているQWERTY配列は、Shiftキーと同様に、タイプライターの時代に考案された。開発経緯については諸々の説がある。

キーボード中央のA-S-D-F-G-H-J-K-Lが、Sを除いてアルファベット順に左から並んでいるため、アルファベット順と同じキー配列がベースとなっていると言われている。タイプライターのセールスマンが、顧客に対してキー入力の速さをアピールするために配列されたという説もある。「typewriter」という文字を速く打つためだ。たしかに、すべての文字が上段のキーに集中している。

最も有力な説は、タイプライターのアームの絡みを防ぐというものだ。手動式のタイプライターは、活字アームが完全に戻ってから次のキーを打たないと、アームが絡まってしまった。故障を防ぐためには、ユーザーの打鍵速度を遅らせる必要があった。それがQWERTY配列だ。英語の連続する二文字で最も頻度が高いのは「th」らしい。確かにQWERTY配列は、これら二つの文字が隣り合わせに並んでおらず、効率が悪いとも言われている。

そして、打鍵速度を遅らせる事は、他にも意味を持っているように思う。



今では、入力した文字を修正したり、コピー・ペーストする事が当たり前になっているが、当時のタイプライターは簡単に修正できなかった。白の絵具で修正箇所を塗ったり、訂正用紙をはさんで活字を上から打ち込む必要があった。単純なスペルミスなら再利用できるが、段落の入れ替えや、文字数の変更が必要な場合は、最初から打ち直す必要があった。

タイプライターは、全体の構成をあらかじめ考えておく必要があった。冒頭から文末までの流れを決めてから書く。今回の記事で言えば、「Shiftキー→QWERTY配列→主題となる文章作成法→アプリケーションの紹介」という構成をあらかじめ決めておく必要がある。さらに、一文一文を丁寧に、間違えずに入力しなければならない。主語と述語の関係。目的語と修飾語の位置。句読点。すべてやり直しがきかない。

「Typewriter」というJavaベースのアプリケーションがある。文字通りタイプライターと同じ思想で作られている。入力した文字が修正できない。Deleteキーが使えず、コピーとペーストもできない。日本語を入力する場合、変換前ならDeleteやBackspaceで修正する事が可能だが、enterで確定すると修正できなくなる。画面の配色変更やデータの保存はキーボードショートカットを利用する。command + K でショートカット一覧が表示される。

今回の記事は「Typewriter」で書こうとした。上のスクリーンショットぐらいまでは書いたが、挫折した。漢字を誤って変換する事が多かったし、最適な主語や述語を一発で見つけるのが難しかった。ただ、心地よい緊張感があった。日常生活の中で、周りの雑音を完全に遮断し、文章を書く事に集中する機会はほとんどない。Typewriterはそれを強要する。あなたもマゾヒスティックなTypewriterで文章を書いてみて欲しい。未知の快感が待っているかもしれない。


▼参考記事


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